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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16224号 判決 1993年4月13日

主文

一  被告は、原告に対し、一五三一万九三〇〇円及びこれに対する平成四年九月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一五三一万九三〇〇円及びこれに対する平成三年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  原告は、砂糖、小麦粉等の卸販売等を目的とする会社である。

2  被告は、昭和一一年九月二一日、別紙物件目録(一)記載の土地(本件土地)を井上徳兵衛から賃借し、その土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(本件建物)を建築した。

3  原告は、被告から本件建物を賃借し、事務所・倉庫として使用していた。

4  東京新橋株式会社は、昭和四二年七月一日、井上徳兵衛から本件土地を買い受け、被告に対する本件土地賃貸人たる地位を承継した。

5(一)  ところが、被告は、昭和四三年三月分から同四五年六月分までの本件土地の賃料の支払いを怠り、そのため、東京新橋株式会社は、本件土地の賃貸借契約を解除したうえ、昭和五八年一〇月一七日、原告及び被告に対し、本件建物の収去及び本件土地の明渡し等を求める訴を東京地方裁判所に提起した。

(二)  右訴訟において、被告は、昭和六一年九月二九日、原告に何ら相談することなく、東京新橋株式会社との間で、本件土地の賃貸借契約が東京新橋株式会社の解除によつて終了したことを認め、和解金として七〇〇〇万円を受領したことを認める旨の訴訟上の和解をした。

(三)  しかし、原告は、右訴訟において、被告は賃料を供託していたと主張して争つたが、第一審において敗訴の判決を受け、東京高等裁判所に控訴したが、控訴棄却の判決を受けた。

(四)  原告は、最高裁判所に上告したが、同裁判所の和解勧告によつて、やむなく、平成二年六月一八日、東京新橋株式会社との間で訴訟上の和解をし、五〇〇〇万円の支払いを受けるのと引き換えに平成三年六月末日までに本件建物から退去して本件土地を明け渡す旨を約した。

6  原告が本件建物から退去するのやむなきに至つたのは、被告が本件土地賃借人として支払うべき本件土地の賃料の支払いを怠り、本件土地の賃貸借契約を東京新橋株式会社から解除され、そのため本件建物を原告に賃貸する債務の履行が不能となつたからである。

したがつて、被告は本件建物の賃貸義務の履行不能による原告の損害を賠償すべき義務がある。

7  原告の損害は、次のとおりである。

(一) 本件建物の借家権価格 八三〇〇万円

(二) 本件建物からの移転費用 七九万九三〇〇円

(三) 損害の補填 六八四八万円

(四) 残額 一五三一万九三〇〇円

二  被告の主張

1  原告が本件建物から退去したのは、自らがした東京新橋株式会社との間の前記和解によるものであつて、被告の本件土地賃料の不払いによるものではない。

2  原告の損害は、東京新橋株式会社から五〇〇〇万円を受領したことによつて既に補填されている。

3  仮に然らずとするも、被告の原告に対する本件建物を賃貸する債務は、被告が本件建物の所有権を東京新橋株式会社に譲渡した昭和六一年九月一七日に履行不能となつたから、同日から五年を経過した平成三年九月一七日をもつて原告の被告に対する損害賠償請求権は時効により消滅した。

被告は、この消滅時効を援用する。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、砂糖、小麦粉等の卸販売等を目的とする会社である。

2  被告は、昭和一一年九月二一日、別紙物件目録(一)記載の土地(本件土地)を井上徳兵衛から賃借し、その土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(本件建物)を建築した。

3  原告は、被告から本件建物を賃借し、事務所・倉庫として使用していた。

4  東京新橋株式会社は、昭和四二年七月一日、井上徳兵衛から本件土地を買い受け、被告に対する本件土地賃貸人たる地位を承継した。

5(一)  ところが、被告は、昭和四三年七月分から同四五年六月分までの本件土地賃料の支払いを怠り、そこで、東京新橋株式会社は、昭和四五年七月六日到達の書面をもつて、被告に対し、滞納賃料を右書面到達後一週間以内に支払うよう催告し、右期間内に滞納賃料の支払いがなかつた場合には賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかし、被告は右滞納賃料を支払わなかつた。

(二)  東京新橋株式会社は、昭和五八年一〇月一七日、原告及び被告を本件土地の不法占有者とし、東京地方裁判所に本件建物の収去と本件土地の明渡し等を求める訴を提起した(昭和五八年(ワ)第一〇七九三号)。

(三)  右訴訟において、被告は、昭和六一年九月二九日、東京新橋株式会社との間で次のとおりの和解をした。

(1) 被告は、東京新橋株式会社に対し、本件土地についての賃貸借契約が被告の債務不履行を原因として昭和四五年七月一三日に解除されたことを確認する。

(2) 東京新橋株式会社は、被告が東京新橋株式会社に対して昭和六一年九月一七日に本件建物の所有権を譲渡して本件土地を明け渡したことを確認する。

(3) 被告は、和解金として、昭和六一年七月二九日に一〇〇〇万円を、同年九月一七日に六〇〇〇万円を東京新橋株式会社から受領したことを確認する。

(四)  しかし、原告は、右訴訟において、被告と東京新橋株式会社との間の本件土地の賃貸借契約は終了していないとして争つたが、昭和六二年九月二一日、右第一審において「原告は、東京新橋株式会社に対し、本件建物から退去して、本件土地を明け渡せ。」との敗訴の判決を受け、東京高等裁判所に控訴したが(昭和六二年(ネ)第二八三一号)、平成元年四月二六日、控訴棄却の判決を受けた。

(五)  原告は、最高裁判所に上告したが(平成元年(オ)第一〇三六号)、平成二年六月一八日、東京新橋株式会社との間で訴訟上の和解し、「<1>原告は、東京新橋株式会社に対し、本件建物から退去して本件土地を明け渡す義務があることを認め、東京新橋株式会社は、原告に対し、平成三年六月末日まで右明渡しを猶予する。<2>東京新橋株式会社は、原告に対し、和解金として五〇〇〇万円の支払義務あることを認め、これを平成三年六月末日限り、右明渡しと引換えに支払う。」旨を合意した。

(六)  原告は、その後、右和解に従い、本件建物から退去して、本件土地を東京新橋株式会社に明け渡した。

以上の事実が認められる。

二  判断

1  右事実によれば、被告は本件土地の賃借人として東京新橋株式会社に対し本件土地の賃料を支払うべき義務があるのに、これを怠り、そのため東京新橋株式会社から本件土地の賃貸借契約を解除され(この点は被告が前記東京新橋株式会社との間の和解でも認めているところである。)、これにより、原告は本件土地の不法占有者として本件建物からの退去及び本件土地の明渡しを東京新橋株式会社から訴求されるに至り、これを争つたが第一審で敗訴の判決を受け、控訴も棄却され、やむなく上告審で五〇〇〇万円支払いを受けるのと引換えに本件建物から退去して本件土地を明け渡す旨の和解をしたものであるから、原告が本件建物から退去せざるを得なくなつたことと被告の本件土地の賃料不払いとの間には法律上の因果関係があるものというべきであり、被告は原告に対して本件建物を賃貸する債務の履行不能による損害を賠償すべき義務があるというべきである。

2(一)  そこで、原告の損害額について判断するに、まず、原告に損害が発生した時点は本件建物を賃貸すべき被告の債務が履行不能になつたとき、すなわち、原告が最高裁判所において和解をしこれによつて東京新橋株式会社に対して本件建物からの退去と本件土地の明渡しを約したとき(平成二年六月一八日)と解すべきである。

この点につき、被告は、本件建物を賃貸すべき被告の債務が履行不能となつたのは被告が東京新橋株式会社に本件建物の所有権を譲渡した昭和六一年九月一七日であると主張するが、本件建物の所有権を東京新橋株式会社に譲渡したからといつて直ちに原告が本件建物の使用をすることができなくなるわけではないから、右主張は採用できず、やはり、被告の本件建物を賃貸すべき債務が履行不能になつたのは原告の東京新橋株式会社に対する本件土地の明渡義務が確定したとき、すなわち、最高裁判所における和解成立の日と解するのが相当である。

(二)  原告の損害額は、次のとおり、合計八三七九万九三〇〇円と認められる。

(1) 本件建物に対する借家権喪失による損害 八三〇〇万円

本件建物の借家権価格は、平成二年六月一八日現在において八三〇〇万円を下らなかつたものと認められる。(なお、東京都内における地価が昭和六二年夏ころから平成三年夏ころまでの間ほぼ横ばいの状態であつたことは、当裁判所に顕著な事実である。)

(2) 本件建物からの移転費用 七九万九三〇〇円

原告は、本件建物から退去、移転するに際し、その費用として合計七九万九三〇〇円を支出したことが認められる。

(三)  填補 六八四八万円

六八四八万円の損害の填補があつたことは原告の自認するところである。

(四)  残額 一五三一万九三〇〇円

3  したがつて、被告は原告に対し一五三一万九三〇〇円とこれに対する本件訴状副本送達の日の翌日である平成四年九月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合により遅延損害金を支払うべきである。

なお、原告は、平成三年七月一日からの遅延損害金の支払いを求めるが、債務不履行による損害賠償債務が履行遅滞に陥るのは原告からその支払いの請求があつた日(本件では訴状副本送達の日)の翌日からと解すべきであるから、原告の右請求は認容できない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章)

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